No.1093 イヌの耳根部皮下腫瘤

東京農工大学


[動物]イヌ,雑種,避妊雌,14 歳.
[臨床事項]2010 年 10 月頃,本学の実習犬として飼育されていた個体の左側眼窩から耳根部にかけて腫瘤が見出された.腫瘤は 2 か月ほどで眼球を圧排するまで増大し,外科的処置が困難となり,2011 年 4 月に一般状態の悪化を理由に安楽殺の処置がとられた.
[剖検所見]剖検時,腫瘤は左側眼窩から耳根部にかけての皮下に存在し,大きさは 15×12×11 cm 程度であった.腫瘤は耳道を巻き込んでいたが,肉眼的には耳道内や頭蓋骨,顎関節への浸潤は認められず,周囲組織との境界は明瞭であった.潰瘍は認められず局所リンパ節の腫脹や他臓器への転移巣も確認されなかった.
[肉眼所見]腫瘍は厚い線維性被膜で被われた複数のミカン大の白色〜乳白色腫瘤で構成されていた.腫瘤は多数の乳白色の小結節からなり,中に不規則な形の壊死巣を認め,漿液成分が漏出するものも存在した.
[組織所見]一部の小結節は全体が壊死に陥っていた.多くの結節は血管ないしスリット構造(図 1)を中心に円形〜類円形の核と好酸性の細胞質を有する境界不明瞭な腫瘍細胞の同心円状の細胞増殖巣を形成し(図 2),その周囲に不規則な壊死領域を認めた.増殖部位において,内側の血管腔に近い腫瘍細胞の多くは cytokeratin (CK) AE1/AE3 に陽性であった(図 3).それに対し,外側の領域の腫瘍細胞の多くは vimentin に陽性を示した(図 4).他のマーカー(CK MNF116,NSE,GFAP,S100,chromogranin A,melan-A,α-SMA,desmin,vWF,osteocalcin)に対し腫瘍細胞は陰性を示した.また,腫瘍細胞で内張りされている嚢胞様構造(図 5),腫瘍細胞の一部が軟骨や多核巨細胞への分化を示す像(図 6)が認められた.
[診断]未分化肉腫 (undifferentiated sarcoma)
[考察]本症例に認められた組織像と免疫染色の結果から,本腫瘍はいわゆる滑膜肉腫に相当するものと判断された.ヒトの滑膜肉腫には脳や腎臓などの関節との関連が認められない部位での発生が報告されているのに対し,動物の滑膜肉腫は関節や腱組織での発生が診断の要件となっている.また,関節との関連性の有無に関わらず,由来となる細胞に一定のコンセンサスが得られていないため,滑膜肉腫という診断名の妥当性については議論の余地がある.本症例は発生部位が明確でなく,他の腫瘍である可能性を完全には否定できないため,病理組織学的診断名を未分化肉腫に留めた. (滝本 憲史・鈴木 和彦)
[参考文献]
Craig, L. E. 2002. The diagnosis and prognosis of synovial tumors in dogs: 35 cases. Vet. Pathol. 39: 66‐73.