[動物]ラット,F344/DuCrlCrlj,雌,96 週齢.
[臨床事項]本症例はがん原性試験の背景データ集積試験に供された動物である.94 週齢から呼吸不整が見られ,96 週齢時に死亡した.
[剖検所見]前縦隔から左胸腔内に 30 x 30 x 25 mm 大の充実性,硬固な灰白色腫瘤が認められた.腫瘤の表面は滑沢で,肺,胸壁,心嚢,横隔膜と癒着していた.割面には多数の結節と壊死巣が混在していた.胸腺は腫瘤に巻き込まれ,確認できなかった.
[組織所見]腫瘤は腫瘍性の上皮細胞が多彩な形態像を示していた(図 1).角化を伴う扁平上皮様,腺管状ないし嚢胞状,明らかな管腔を形成しないリボン状ないし小柱状,異型性の強い多核ないし巨核細胞様.それらの腫瘍細胞増殖巣が様々な程度で混在し,間質は豊富な結合組織で区画されていた.これら腫瘍細胞は anti-cytokeratin wide(緑色)に陽性を示したが,anti-vimentin(赤色)は陰性で,二重蛍光抗体染色では両者は merge しなかった(図 2).
[診断]胸腺癌 Thymic carcinoma(悪性胸腺腫 Malignant thymoma)
[考察]類症鑑別には肺癌と中皮腫が挙げられた.肺腫瘍との鑑別点は,1.肺腫瘍は齧歯類の縦隔への浸潤転移は稀である事.2.肺腫瘍は胸腺癌のように形態が多様ではない事.3.肺腫瘍は間質結合組織に乏しい事.中皮腫との鑑別点は,1.中皮腫(胸腔内)は漿膜表面に拡がり,肺内浸潤は稀である事.2.中皮腫の腫瘍細胞は Cytokeratin と Vimentinにdouble positive である事が挙げられる.また本症例は anti-mesothelin に陽性であったが,ヒトでは mesothelin は thymic carcinoma にも陽性を示すため,必ずしも確定診断には用いられない.このように,胸腺癌の診断は主に形態的に行われ,免疫組織学的検索はその補助である.ラットでは胸腺上皮細胞腫瘍の single immunomarker は存在せず,ヒトでは胸腺癌の診断は消去法により行われる.胸腺癌は極めて報告が少なく,またその形態像も variation に富み,診断が極めて困難な腫瘍の一つである.(黒滝 哲郎)
[参考文献] 1) Khoury T, et al. 2011. Int J Exp Pathol. 92(2):87-96.
2) Pan CC, et al. 2003. Hum Pathol. 34(11):1155-1162.
3) Howroyd P, et al. 2009. Toxicol Pathol. 37(3):351-358.
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