No.1102 ニホンザルの肺

麻布大学


[動物]ニホンザル( Macaca fuscata) 雌,年齢不詳(推定 25 歳以上).
[臨床事項]本例は,かなりの高齢と推定される動物で,以前から全身被毛の白毛化,高度の背弯症による姿勢や歩行異常などが観察されていた.死亡数日前から体力の低下が目立っていた.その後,衰弱死した.
[肉眼所見]剖検時,体重は 4.5 kg で,成獣雌の平均体重 8 kg を大幅に下回っていた.肺は退縮良好で,全葉にわたって高度な炭粉沈着がみられ,表面・割面共に黒色調を呈していた.両肺の辺縁には限局性の気腫部が散在した.胸水貯留,壁側・臓側胸膜間の癒着,胸膜の肥厚および腫瘍性病変は観察されなかった.
[組織所見]肺には,瀰漫性に肺胞腔の狭小化,中程度の鬱血がみられた.ほとんどの中,小動脈周囲および細気管支周囲と一部の肺胞壁に,光輝性のある針状結晶物と微細な黒色色素が塊状に沈着していた(図 1).沈着物がみられた細気管支壁は,中程度から高度に線維化し肥厚していた(図 2).血管壁は水腫性に肥厚し,周囲には結合組織が増生していた(図 3).沈着物の中には,褐色で鉄アレイ状構造物がしばしば観察され,これらはベルリンブルー染色で陽性となったことからアスベスト小体と判定された(図 4).本小体は肺胞腔内や肺胞壁にも認められた.その他,肺胞腔内には,蛋白濃度の高い水腫液と泡沫状の細胞質を有するマクロファージが観察された. 沈着物を抽出し,X 線分析を行ったところ,沈着物のスペクトルパターンは,アスベストの一種であるトレモライトと一致した.また,位相差分散顕微鏡による定量の結果,沈着量は乾燥肺 1 g あたりアスベスト小体が 1.7 × 107 個,総繊維数 5.0 × 108 本,トレモライト繊維数 4.7 × 108 本,無機質繊維数 3.5 × 107 本であった.
[診断]アスベスト肺症
[考察]アスベスト肺の診断は,アスベスト小体・アスベスト繊維の存在と細気管支周囲から始まる線維症によってなされる.特に特徴的なアスベスト小体の存在は診断に有用であるが,形成には長期間を要するとされている.本例には,多数のアスベスト小体と細気管支周囲にとどまらず,血管周囲にも線維化が認められたことからアスベスト肺と診断した.本例の沈着アスベスト量は労災認定量の約 2300 倍と著しく大量で,かつ発癌性が高いとされるトレモライトであったが,腫瘍性変化は確認されなかった.その理由として曝露期間の長さや動物種などが考えられたが,不明であった.なお,現在本施設にはアスベストはなく,曝露源は特定できなかった.本例は,動物におけるアスベスト自然曝露症例の初の報告となる.(津郷 孝輔・宇根 有美)
[参考文献]
Iuchi, Y. 2009. Diagnosis of asbestos exposure-related diseases based on pathological features. Japanese Journal of Lung Cancer 49, 83-87.