No.1111 ウマの肝臓

鹿児島大学


[動物]ウマ,軽種,鹿毛,雌,4 歳,体重 420 kg.
[臨床事項]本例は北海道で生産・肥育され,福岡県の牧場に導入された.健康状態良好な一般畜として,と畜場に搬入され,投薬歴および病歴はなく,と殺前の生体検査において特に異常は認められなかった.
[剖検所見]肝臓の外側左葉に直径約 2 cm の球形の単発の限局性腫瘤がみられ,境界明瞭であった.割面は黄白色充実性で,石灰化がみられ,硬結であった(図 1).他の全身諸臓器には肉眼的な著変は認められなかった.
[組織所見]肝臓に形成された腫瘤は,壊死,石灰化,好酸球浸潤,線維芽細胞の増生よりなる肉芽腫病変であり,健常部とは境界明瞭であった.病変の中心部においてはHE染色で好酸性の層状構造物としてみられ,PAS 染色陽性の多包虫に特徴的な角皮層が多数認められた(脱灰後検索, 図 2: HE染色, 図 3: PAS染色).角皮層の内側において,胚層は不明瞭で,繁殖胞や原頭節の形成はみられなかった.腫瘤の凍結検体を用いた PCR 検査では多包条虫遺伝子陽性で(図 4:N; 陰性対照,P; 陽性対照),PCR 増幅産物を用いたシークエンス解析での塩基配列は多包条虫北海道根室株(DDBJ accession No. AB024424)と高い相同性を示した.
[診断]馬の肝臓における多包虫による線維化結節(肝多包虫症)
[考察]近年, 山形県や福岡県のと畜場に搬入された馬にみられた肝臓硬結節から多包虫が検出されたことが報告されており,多包虫症の有病地である北海道以外のと畜場においても馬の多包虫症事例に遭遇する機会が増加している.日本での多包条虫の地理的分布と馬の生産状況を考慮すると,これらの馬の多くは北海道で感染したと推測されており,本症例においても北海道での飼養歴があることから,同様に北海道で感染した可能性が考えられた.一般的に,馬は多包条虫の非好適な中間宿主であるため,終宿主への感染性を示す原頭節の形成はみられない.本症例でも原頭節の形成は認められないため,多包虫が含まれる腫瘤性病変を摂食してもヒトや終宿主であるイヌ科動物への感染の可能性はない. (一二三達郎・三好宣彰)
[参考文献]
1)一二三達郎,池田加江,江藤良樹,井河和仁,西村耕一,小川卓司,川口博明,三好宣彰.2015.福岡県のと畜場に搬入された馬にみられた肝臓灰白色硬結節と多包虫感染との関連性.日獣会誌.68: 253-257.
2)Goto, Y., Sato, K., Yahagi, K., Komatsu, O., Hoshina, H., Abiko, C.,Yamasaki, H. and Kawanaka, M. 2010. Frequent isolation of Echinococcus multilocularis from the liver of racehorses slaughtered in Yamagata, Japan. Jpn. J. Infect. Dis. 63: 449-451.