No.1124 カニクイザルの鼻腔内腫瘤

参天製薬


[動物]カニクイザル(Macaca fascicularis),雄,15 歳齢,体重 8.43 kg.
[臨床事項]本症例は眼疾患作出検討試験に使用された 6 頭のうちの 1 頭である.薬剤の投与は受けていない.臨床的には両眼球に処置による傷害がある以外,全く異常のない健康体であった.試験終了日にソムノペンチルR(共立製薬, 東京)の静脈内投与による全身麻酔下で,腋窩動脈および腹大動脈から放血致死させた.
[剖検所見]剖検では眼球を除く全身臓器に異常は認められなかった.鼻梁の外観にも異常は認められなかった.固定後,鼻部を前額断で切り出していたところ,第 II 後臼歯の位置で両側中鼻甲介の先端に腫瘤を発見した.右側腫瘤は長径 2 cm 大(図 1),左側腫瘤は長径 1.2 cm 大(図 2)で,共に上顎洞に侵入して洞内を占拠していた.腫瘤の割面は黄色調で硬く,砂粒状の触感があった.なお,両側眼球と鼻腔以外の組織検査は行わなかった.
[組織所見]鼻部は 10% 中性ホルマリンで固定後カルキトックスTM(和光純薬工業, 大阪)にて 4℃ 2 日間脱灰した.両側の腫瘤を構成する組織の主体は,脂肪様組織であった.オイルレッド O 染色を実施したが,大型空胞が浮遊するため観察可能な標本は作製できなかった.よって,腫瘤を 5% K2Cr2O7 + 2% OsO4 液に 1 晩浸漬後,パラフィン包埋し薄切した.このオスミウム染色によって腫瘤内の空胞が黒色を呈したため,脂質と確定した(図 3).また,渡辺鍍銀染色によって細胞間隙には好銀線維が入り込んでいることが判った(図 4).脂肪組織内には成熟した骨組織が多数包含されていた(図 4 挿入図).腫瘍細胞の増殖活性を検討するため Ki-67 の免疫染色を行ったが,脱灰したためか判定できるような反応結果は得られなかった.しかし,腫瘍細胞である脂肪細胞の核分裂像や壊死,脂肪芽細胞等を見つけることはできなかった.しかも周囲組織に炎症性変化や組織破壊等がないことおよび左右対称性に増殖していることから,長い経過を経た過誤腫的性格の強い腫瘍と思われた.発表者は,WHO 骨腫瘍分類 (2002) に従って「鼻甲介骨内脂肪腫, 両側性」という診断名を提示したが,フロアから過誤腫との意見が多く出された.本症例程度の年齢になれば骨髄は生理的に脂肪髄となっても不思議ではなく,過誤腫としての「骨髄脂肪腫」で矛盾しないとのコメントが寄せられた.
[診断]骨髄脂肪腫, 両側性
[考察]鑑別診断として,正中部に形成されていることから脊索腫や良性脊索細胞腫も疑ったが,粘液基質やコロイド様の粘液を貯めた嚢胞等がみられなかったことから,これらの腫瘍は否定した.最終診断は骨髄脂肪腫となったが,診断名はどうあれ,このような腫瘤が鼻甲介骨に形成されたこと自体がヒトを含めた動物では極めて稀であり,貴重な症例と思われる.なお,本症例が呼吸器症状等を示さなかった理由として,腫瘤が偶然上顎洞内で増殖したため鼻道は確保されていたことが考えられる.(勝田 修)
[参考文献]
Mahmood NS. 2010. An extremely rare case of a nasal turbinate lipoma. Dentomaxillofac. Radiol. 39: 64.