No.1129 ヨーロッパイエコオロギ

麻布大学


[動物]ヨーロッパイエコオロギ(Acheta domesticus),幼虫.
[臨床事項]長年にわたり商業用昆虫を繁殖販売している施設で,2012 年 8 月頃より幼体の死亡率が急上昇した.臨床症状として,活力,逃避行動や運動性の低下や仰臥からの起き上がりができないなどの行動異常が観察され,最終的には,麻痺したように動かなくなり,死亡した.羽化前の幼体の死亡率は 95% に達した.発症しなかったコオロギは成熟し,繁殖,産卵したが,その幼虫も同様の症状で死亡した.
[肉眼所見]発育の遅延を含めて,肉眼的な変化を見出すことはできなかった.
[組織所見]病変は全身至る所で観察され,特に消化管で高度であった.特徴的な病変は,両染性〜好酸性の核内充満型封入体形成を伴った細胞核の大型化で,高度な部分では,細胞質はほとんどなく,不定形を呈する細胞の充実性増殖により,本来の組織構造が消失していた(図 1,中腸).ときに,Cowdry A タイプの封入体も観察された(図 2,食道).これらの封入体は脂肪細胞,食道,砂嚢の上皮細胞,平滑筋細胞,マルピーギ管,唾液腺および神経組織にも認められ,種々の程度の細胞変性や壊死を伴っていた.これらの封入体はフォイルゲン反応で紅色に強く染まり,アクリジンオレンジ染色では,黄緑色(2 本鎖 DNA)やオレンジから赤(1 本鎖 DNA)の蛍光を発していた(図 3).電顕検索では,凝集性の高い封入体に一致して約 20 nm のパルボウイルス様粒子がみられた(図 4,bar:100 nm).また,遺伝子検査とウイルス分離によって Acheta domesticus densovirus が同定された.
[診断]Acheta domesticus densovirus (AdDNV) によるデンソウイルス病(濃核病)
[考察]無脊椎動物に感染するパルボウイルスをデンソウイルスといい,感染細胞の核が肥大して,濃く染色されることからデンソウイルスと命名され,和名では濃核病と称せられる.本ウイルスは一般に宿主特異性が高く,AdDNV はヨーロッパイエコオロギにのみ致死的で,感染性が非常に高く,しばしば大流行し,欧米の餌用コオロギ産業に莫大な被害を及ばした.全身諸臓器に特徴的な病変を形成するため,病理学的診断は容易であるが,臨床症状のみでは RNA ウイルスによるコオロギ麻痺病との鑑別困難である.(宇根 有美) ※図 cont. 正常中腸,図 1と同一倍率
[参考文献]
Szelei, J., et al. 2011. J. Invertebr. Pathol. 106: 394-399.