No.1159 オオカンガルーの小腸

日本大学


[動物]オオカンガルー(Macropus giganteus),5 歳,雄,体重 30 kg.
[臨床事項]斃死した状態で発見され,死後硬直をともなっていた.総排泄腔に灰白色粘稠性の糞尿が認められた以外,外傷など死因を示唆する異常はなかった.既往歴として1 年ほど前に栄養不良による顕著な削痩があったが,回復した.主な臓器が組織検査のため送付されてきた.
[肉眼所見]剖検者によると肺のうっ血と心の点状出血.また小腸内腔には灰白色粘稠物質が存在していた.膵実質は死後変化で自己融解.
[組織所見]小腸絨毛部は死後変化が多く認められるが,好酸球やリンパ球の粘膜固有層に好酸球やリンパ球の浸潤が認められた(図 1,2).また陰窩に多数のコクシジウムが存在しており,有性生殖期代であるミクロガメートサイトやマクロガメートサイトや無性生殖期代であるメロゾイトが認められた(図 3,4).その他の所見としては膵十二指腸動脈において内膜小体様あるいは血管壁に沿った石灰沈着が認められた.(図 5,6)
[診断]オオカンガルーの腸コクシジウム症(Gut coccidiosis of a forester)
[考察]オオカンガルーにおいてコクシジウム症は不顕性感染としてしばしば認められ,若齢のオオカンガルーにおいてまれに重篤化することがある.重度の腸炎で急死する症例ではコクシジウムが粘膜固有層まで侵入すると記載されているが,本症例では,粘膜固有層へは侵入しておらず,なぜここまで重篤化したのかについては究明するに至らなかった.また本症例の膵十二指腸動脈において内膜小体様の石灰沈着が認められた.内膜小体は馬の動脈内壁に特異的に認められるカルシウムを主体とする小体で,普通円虫子虫の動脈局所の内皮障害,いわゆる異栄養性石灰沈着と考えられている.馬以外の動物種で類似した微小石灰顆粒の記載はなく,貴重な症例と考えられた.本症例の機序として高カルシウム血症による転移性石灰沈着を考察したが,血液検査の結果が無いため詳細は不明である. (山本成実,渋谷久)
[参考文献]
1)Barker IK, O'Callaghan MG, Beveridge I. 1989. Host-parasite associations of Eimeria spp. (Apicomplexa:Eimeriidae) in kangaroos and wallabies of the genus Macropus (Marsupialia:Macropodidae). Int. J. Parasitol. 19(3):241-63.
2)Power ML,Richter C, Emery S, Hufschmid J, Gillings MR. 2009. Eimeria trichosuri:phylogenetic position of a marsupial coccidium, based on 18S rDNA sequencss. Exp Parasitol. 122(2):165-8