No.1187 カニクイザルの精巣腫瘤

参天製薬


[動物]カニクイザル(Macaca fascicularis),雄,19 歳齢,体重 7.69 kg.
[臨床事項]本症例は 3 歳齢で入荷し種々の薬理試験に用いた後,ストック動物として飼育していた.1 か月程前から右側陰嚢が腫大し始め,体重も徐々に減少して来た.触診により精巣の悪性腫瘍を疑い,ペントバルビタール Na の静脈内投与による深麻酔下で放血致死させた.
[肉眼所見]剖検では右側精巣は 20 × 12 × 12 cm 大と腫瘤化していた.腫瘤の割面は褐色から灰白色調,充実性でやや膨隆し光沢があり,分葉構造が見られた.このほか,消化管等腹腔内臓器の漿膜面に粟粒大の白色結節が散発していた.腫瘤化した精巣は 10 数箇所から切り出し,組織検査を行った.
[組織所見]腫瘤内には弱好塩基性細胞が充実性シート状に増殖した領域,組織の変性によって細胞が脱落し格子状になった領域および壊死・融解した領域があり(図 1),白膜下には萎縮した精細管が残存していた.増殖している細胞はほぼ一様に,比較的豊富な細胞質,円形から類円形の核で核内には粗いクロマチンが分散し,1 から数個の明瞭な核小体を有していた(図 2).核分裂像は散見される程度であった.格子状で結合組織に沿って細胞が一列に配列している領域でも,細胞形態は上述したものと同様であった.これらの細胞形態から胚細胞由来の腫瘍を疑い,特異的な蛋白である DAZL1)等の免疫染色を行った.その結果腫瘍細胞の多くで細胞質が陽性を示した.胚細胞腫瘍鑑別のため PAS 反応と PLAP,c-kit,OCT4 および CD30 等の免疫染色を実施した.陽性反応を示したのは OCT4 のみであった(図 3)が,腫瘍細胞の形態学的特徴からセミノーマと診断した.また,間質では動脈を主体に血管壁の変性や内膜の増生(図 4),血管周囲への血漿成分の漏出が認められ滲出性血管炎が惹起されていた.この変化は同じ精巣内でも非腫瘍性の領域には生じていなかった.腫瘍の増殖によって循環障害が起こり,続発性に血管炎が招来されたものと思われた.フロアからは Leydig cell 腫瘍ではないかとの意見が出された.後日 inhibin の免疫染色を行ったが,腫瘍細胞は陰性であった.
[診断]セミノーマと続発性血管炎
[考察]鑑別診断として,精母細胞性セミノーマ,胎児性癌および混合腫瘍が疑われるが,尋常一様な腫瘍細胞の形態や CD30 免疫染色陰性の結果およびほぼ単一な増殖形態をとっていることから,これらの腫瘍は否定される.また,ヒトやイヌのセミノーマではリンパ球の浸潤・集簇も鑑別の手掛りになるが,サルの本腫瘍の報告ではリンパ球についてほとんど記載されていない.PAS 反応陰性結果もサルでは普通の事象かも知れない.サルでの精巣腫瘍の報告が稀なことから,腫瘍細胞の増殖形態を基に診断せざるを得なかった.なお,時に腫瘍細胞塊が血管内に遊走していたが,腫瘍の外方向への浸潤や遠隔転移はみられなかった.よって,本症例は良性の性格を持つものと思われる.(勝田 修)
[参考文献]
1) Panula S et al. 2016.Over expression of NANOS3 and DAZL in human embryonic stem cells. PLoS ONE 11 (10): e0165268.