No.1178 イルカの肺

宮崎大学


[動物]イルカ,スジイルカ,雄,年齢不詳.
[臨床事項]2016年2月14日,宮崎県海岸にて2頭のイルカが座礁した.発見時に既に死亡しており,翌日にうち1頭を剖検に供した.
[肉眼所見]肺の両側において,び漫性に白色巣が観察された(図1).病巣は硬結感を有し,割面にて充実性であった.その他に皮下や直腸漿膜面に条虫による嚢胞形成を認めたが,肺病変とは無関係と考えられた.
[組織所見]肺の肉眼病変部に一致して,広範かつ重度の化膿性炎症巣を認めた(図2).好中球は肺胞腔および気管支腔に多数浸潤し,しばしば変性・壊死していた(図3).また肺胞壁や気管支上皮に著しい壊死が生じ,正常構造の多くは消失していた.ときに気管支軟骨までが破壊され,軟骨内に好中球が浸潤していた(図3:挿入図).類上皮細胞を伴う肉芽腫形成は認められなかった.一部で線維素の析出や泡沫状マクロファージが観察された.グラム染色により,グラム陽性のフィラメント状細菌が検出された.同細菌はグロコット染色に強陽性を示し,肺胞腔や気管支腔,軟骨などの炎症巣に一致して広範囲に分布していた(図4:HE 染色,図5:グロコット染色).またこれらはチールネールゼン染色に陰性,Fite 染色に一部陽性(図6,矢印)を示した.
[診断]Nocardia cyriacigeorgica 感染による化膿性壊死性気管支肺炎(Suppurative necrotizing bronchopneumonia caused by Nocardia cyriacigeorgica infection)
[考察]細菌学的および遺伝子学的検査の結果,病変組織より N. cyriacigeorgicaが同定され,その他に Clostridium 属菌や Shewanella 属菌が分離された.検出された細菌について,@ノカルジア菌以外は本例のような結節状の肺病変を形成しないこと,A好気性菌がノカルジア菌のみであること,B組織学的に病変部に一致してノカルジアに特徴的な形態および染色性を示す細菌が多数存在し,強い炎症反応がみられることから,本例の病原細菌が N. cyriacigeorgica であると判断した.一般的にノカルジア症では化膿性肉芽腫の形成を特徴とするが,抗菌薬の投与や細胞性免疫の誘導がない場合,好中球が優勢となって感染が進行することが知られている.本例は野生個体であり,また脾臓や各付属リンパ節においてリンパ球の著明な減少がみられたため,重篤な免疫不全が示唆された.よって,本例は何らかの原因で免疫不全に陥り,細胞性免疫が不十分であったため,好中球を主体とする急性期の化膿性炎症を起こしたと考えられた.このような肉芽腫を形成しないノカルジア症は動物で報告がほとんどなく,極めて稀な症例と考え出題した.(伊藤宗磨・平井卓哉)
[参考文献]
1) Lerner P.I.1995.Nocardia species. pp.2273-2280.In: Mandell,Douglas and Bennett's Principles and Practice of Infectious Diseases, Vol.2,4th ed. (Raphael Dolin ed.), Churchill Livingstone,London.